統一教会に片足を| ひとり飯

もう少しで統一教会に入るところでした

もう45年も前の話です。
大学の学食で一人食事をしていたら
統一教会の若い男女二人に話しかけられました。
何を話したのか覚えていませんが宗教の説明だったのでしょう。

はっきりと断れない性格だった私は
その後 一緒に、何人かの若者が共同生活をしているマンションに
行き、夕飯までご馳走になりました。
渋谷にあるマンションでした。
住んでいる人と通って来る人とでたくさんの人が出入りしていました。
私を勧誘した一人が「佐野 兄(さのけい)」と呼ばれていたのを
今でも覚えています。

私が早くに母親を亡くしたことで同情した様子で
「いつでも大学の帰りにご飯を食べに寄りなさい」
と、言っていました。

その後2~3度行ったのかもしれません。
なぜ行くのをやめたのかも覚えていませんが
行かなくなってからその佐野兄が私の家まで訪ねて来ました。

それでも、その後 行くことは無かったのでちゃんと断れたのだと思います。

あのまま統一教会に入って合同結婚式をし、
韓国の農村にでも嫁に行ったら悲惨なことになっていたかもしれないです。
有名だったり、優秀だったりして広告塔になるようならば
日本人と結婚できるようですが
運が悪ければ韓国人の働かない人・借金のある人
・嫁の来てが無い農村の働き手が欲しい人などが当てられるそうです。

「あの時は大きな岐路に立っていたのだな」と
統一教会を選ばなかった過去の自分に感謝しています。

そして、あの時、夕飯をご馳走してくれた方々が今幸せだといいなぁと思っています。

飯干晃一さん

統一教会のことをネットで調べていたら
統一教会にのめり込んだ飯干景子さんを必死で救い出した
父・飯干晃一さんの記事を読みました。
統一教会の文献を読破した上で娘に説得したそうです。

飯干晃一さんの愛情はすごいなと思いました。

その飯干晃一さんですがあの有名な映画
仁義なき戦いを書いた方だったのですね。
知りませんでした。

飯干晃一さんは1996年に71歳で亡くなっています。

昨日のひとり飯

まだ体調が良くならずくしゃみと鼻水がすごいです。
熱は36.8度~37.3度を上がったり下がったりです。

昨日の朝は食欲が無かったので朝食 兼 昼食は

ご飯・味噌汁(玉ねぎ・じゃが芋・油揚げ)・大葉(ごま油・しょう油・おろしにんにく)

庭の大葉を1時間くらい調味料に浸してから食べました。
美味しかったです。
ゴマを入れ忘れたのが残念・・・

夕食は

焼きなすび・鶏肉とゆで卵のポン酢煮・ご飯・味噌汁(朝の残り)

昨日、山の仕事場に行ったら 義母が入り口にナスを置いてくれていました。
「ナスをフライパンで焼いてしょうが醤油で食べたら食欲が湧くかも」
と思い作りました。
なんだかけっこう食べれそうな気持になっていたので
手羽元と手羽中も解凍してポン酢煮にしました。

ゆで卵がモソモソして食べきれなかったですが
他は食べれました。

義母からのナスは、この後食べる朝食兼昼食の味噌汁に入れ
残りは昨日収穫したゴーヤと一緒に干しました。

味噌汁用にもっと細かく切って干したら良かったです。
今からハサミで切ろうかな・・・

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