亡き家族 | 後悔していること





コロ助の誕生日
昨日でコロ助は14歳になりました。
まだまだ元気でと願っているのですが、昨日と一昨日、2日続けて朝起きた時にフラついて
何歩か歩いては座りしていたのが心配です。

昨日などはなかなか起きなくて、起こしてカッパを着せると
いつもならば、朝はあずきちゃんの散歩の後に
夫が連れて行ってくれるのをドアの前で今か今かと待つのですが、昨日はフラついた後 寝転んでいました。

フラつきは少ししたら治り、後は普段通りになります。

昨日の午前中はコロ助の点滴の日だったので、お医者さんに症状を話しました。
「もう年齢的に筋力が衰えているせいかもしれないので
様子を見て、ひどいようなら関節のサプリメントがあるので検討しましょう」とのことでした。

辛かった思い出・コロ助の復活





犬用雨がっぱ
コロ助が着ているカッパは本来はハーネスをカッパの中に付けるのですが、サイズを間違えて大き過ぎだったので
カッパの上からハーネスで止めています。

このカッパが一番気に入っていて、こればかりを何度か買っています。
Umora 犬用レインコート カッパ 雨具 通気 帽子付 散歩用 小型犬 中型犬 大型犬(グリーン+グレー S)

後悔していること

コロ助も病院でしたが、私もリハビリに行きました。
お盆のせいか空いていて いつものように担当の療法士さんとあれこれ楽しく話をしながら
マッサージと腹筋・足上げ・足首回しなどをしました。

家に帰ると長野に住んでいる夫の友達から、とうもろこしがたくさん届いていました。

なので夕飯は炊き立てご飯はお仏壇だけにお供えして私たちの主食はとうもろこしにしました。
(お仏壇にも1本お供えしました)

昨日はお昼にそうめんと、父の大好きだったコーヒーをお供えして
夜はご飯・とうもろこし・茄子の甘辛炒め・じゃが芋と玉ねぎの味噌汁・桃にしました。

母は私が子供の頃から長い間 仙台の東北大学病院に入院していました。
その頃は いわき市に住んでいました。

高校1年の時 母が亡くなる少し前に私1人で汽車に乗りお見舞いに行ったことがあります。
その時に父が「お母ちゃんが桃が食べたいって言うから、このお金で桃を買って行ってあげて。残りはお小遣いにしていいよ」と言いました。
私は小遣い欲しさに、一番安い桃を買って行ったのです。
でも母は喜んで、同じ部屋の人たちにも分けていました。
見るからに不味そうな桃だったのに。

それから少しして亡くなってしまいその桃のことをずっと後悔し続けています。
なので、お仏壇には「最高級の桃」とラベルが貼ってあった岡山の桃をお供えしました。

母が亡くなった後、姉が大学のそばに一人引っ越したので父との2人暮らしが長く続きました。

その父が良く作ってくれたのが、茄子の甘辛炒めと玉ねぎとじゃが芋の味噌汁でした。
私は父にばかりご飯を作らせて料理をしなかったことを今でも申し訳ないと思っています。
もう一度やり直せるものならば父と暮らした小さな平屋の家をもっとちゃんと掃除して
父が喜ぶ料理を作ってあげたいです。

姉への後悔は もっと会って2人でいろいろな事をしたら良かったと言うことです。
美味しい物を食べに行ったり、旅行したり、お互いの家を行き来したりしたら良かった。
亡くなる15年も前に会ったっきりで電話とLINEのみでした。
四国と東京、離れてはいましたが会う気になればたくさん会えたのに。

薄暗い部屋で灯りのともった仏壇を見ていたら、たくさんの後悔が次々と浮かびました。

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